2004年度 事例研究委員会 
 

座談会「イベントがまちを変えるか」

高槻ジャズストリートについて

                                 文責:久光 弘記(兵庫県)

                                            インターネットページ作成:池田順一・難波 健

開催日時:2004年6月26日 (土) 14:00〜16:00

場所:アルパック (株)地域計画建築研究所 大阪事務所会議室

  
司 会:梶山 善弘(都市計画学会関西支部事例研究会 委員長)
     ゲスト:北川 潤一郎(高槻ジャズストリート実行委員会 実行委員)
          
平野 重子(高槻市市民協働部 理事兼市民参画室長)
  参加者:22名

   

趣旨説明(司会


  
今年で6回目となった高槻ジャズストリートは、参加者が10万人を超える一大イベントとなった。また、運営はすべてボランティアによって実施され、ボランティア活動の雛形といっても良いのではないだろうか。
  
従来、高槻市は京阪神のベッドタウンといったイメージであったが、このジャズストリートによって中心市街地市が活性化し、新しいCity Identity(ジャズストリート)を形成する可能性もあるのではないだろうか。そこで都市計画学会では、大きな盛り上がりを見せるジャズストリートの仕掛け人である北川氏と行政の窓口としてサポートした平野氏を招き座談会を開催した。

  

高槻ジャズストリートについて

なぜジャズストリートを始めたか(北川)

 北川氏は、喫茶店、バー、弁当屋などを経営しているが、ゴールデンウイーク期間中は商売人も含めて遊びに行く人が多く商店街も休業していた。しかし意外に暇な人も多かったことから、何かやってみようと感じたことから20人ぐらいで始めてみた。同時に、メインゲストを呼ぶことも企画し、日野晧正を口説き演奏を依頼した。

高槻市は人口10万人であるため、参加者が5千人であっても成功と考えていた。


運営について(北川)

 ボランティアで運営している。登録している数で約1千数百人である。歴代のメンバーを入れると3千人以上となるが、自主的にやりたいことをやるメンバーで構成されている。当初は30代が中心だったが、現在の年齢層は広範囲で中高生〜上は88歳であり、年配が多い。

運営方針は、参加できるのなら来てくれとお願いしている程度で、強制、人数の要求も一切していない。イベントを良くするためにいろいろな人にアイデアを出してもらう。そしてアイデアを出した人には実際にやってもらうこととしている。いろんな人の意見を聞くことで若い人も年寄りも変わっていく様子がわかる。


市役所の関わり(平野)

 5月の連休はホールに人が入らないので、借りたい人がいれば貸してやろうという気持ちであったが、ジャズストリートのイベントに貸し出した当初は不安でいっぱいであった。また、他の人の迷惑にならないように注意や禁止事項などをうるさく伝えたことを記憶している。(打ち合わせにも来ないので大変だった)

 しかし実際に打ち合わせを進めていくと、若い人の熱意が伝わってきた。そして、何とかしてやりたいといった気持ちに変わっていった。今では、行政の役割は、転ばぬ先の杖の役割でよいと思っている。行政が深く関係すると、自由さや大胆さがなくなってしまうと感じている。

運営資金について(北川)

1回目は500万円弱で運営したが、資金は300万円程度しか集まらなかった。(自動車を買って電信柱にあたったようなものと考えて割り切った。(人も死んでいないから))

そこで1回でやめようと思ったが、まわりの人々が翌年度の開催を強く望んだため2回目を開催した。

 しかし2回目も800万円の運営費が必要となりまた赤字となった。そして3回目となるが、当初、周囲の関係者も含め悔いが残らないようにやって3回で終わりにしようと思って進めた。その結果、意外にも収支がトントンとなりこれが転機となった。このときは市の助成は、会場費25万円であった。(6回目は135万円の助成) 今年度は、芸術文化振興基金助成事業による助成金を受ける予定。

 また、人々の気持ちが徐々に変わり、最初はアホかといっていた人が募金をしてくれるようにもなった。最近は2000万円弱で運営している。収入は、スポンサー、広告で1000万円。Tシャツの売り上げ500万円が主。支出は、パンフレット作成など。

運営上の工夫した点(北川)

ボランティアの食事が2日間で約6000食必要だが、これを農協にお米の寄付を依頼(300〜500kg)し、近所のお寺に米の炊き出しをお願いすることで工面した。

また、Tシャツは500円で作成し2000円で販売した。

保険費用が必要だが、明石の事故以来、特に注意している。細かくリスクを拾い出し、ボランティア保険に入ったため、通常の1/5程度の保険料で済んだ。

パンフレットが13万部となったため、小さな倉庫では収納できないことから、個人の家、農協の倉庫などに分散して保存した。

 

実行委員会について(北川)

 北川氏は総合司会、チェアマンと呼ばれて運営している。来年は交代する予定であるが、過去にも何回か代わっている。

 委員会の運営は、直接民主主義で進めているので特別なコントロールはしていない。具体的な例としては、Tシャツのデザインを決めたときは公募されたデザインから選択したが、これも各委員が推薦するデザインを皆に説明し最終的に挙手で決めた。また、この結果を守れない人はこの挙手に参加しないことを条件とした。このやり方ですべて成功するわけではないが、皆で決めたことは皆で守ることを原則として運営している。この挙手には総合司会は参加していない。

その他(北川)

準備期間は半年とパンフレットに書いているが、実際には1年中やっている。(その他いろんな事を同時にやっている)秋(10月)にプレイベントとしてフリーマーケットをする予定。

お金があればできるというものではない。熱意の問題と考えている。

このイベントがまちにどのような影響を与えると思うか?

(北川)

 イベントによって人々の意識が変わってきている

街のために何かをしようとする人が増え、前向きにやろうとする人が多くなった。

特に若い人にとっては、知り合う機会がなかったが、イベントを運営することで参加するきっかけと出会いがあり、お互いに感動を得た。

 また若者は一般的に熱くならないと思われがちだが、実はとても熱い若者が多い。熱すぎて気持ち悪いこともある。結局は、大人がどういう風に若者に接するかだと思う。

来年は7回目となる。

実際に活動する人も多いが外野も多いので、この人たちにも加わってほしい。参加型イベントを目指している。

 

(平野)

若い人が駐車場の整理やイベントのパンフレットを配るだけの作業でも、汗を流しながら一生懸命やっていた。そして目がきらきらしていた。

役所としては、こういった若者の目が輝く状態を続けて行くようなことを目指したい。

役所ではこれまで、役所が企画してお膳立てしているケースが多いが、このイベントは本当に役所が関わらない形で進んでいる。問題提起の形でもある。


[事例研トップに戻る]