公開事例研究会
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京都らしい景観の「保全・再生・創造」について
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今回の公開事例研を企画して
京都市 谷口一朗

(ページ作成:高田剛司)


日時 平成20年2月11日(月・祝) 午後2時〜5時
場所 大阪産業大学梅田サテライト
趣旨 
 昨年の9月、京都市において思い切った内容の新しい景観施策が実施され全国から注目を浴びています。
 景観規制は個人の私権を制限することにつながり,他の都市からみれば本当にそこまでの規制を行って大丈夫なの?という心配の声もあるかもしれません。しかし,ある意味京都がいつまでも京都であり続けるためには,京都らしい景観の保全・再生・創造を常に行うことが必要であり,京都にとっては「あたりまえ」のことかもしれません。
ただし,これは行政が一方的に押し付け的な規制をしても真の景観保全につながるものではなく,市民の理解が不可欠であるとともに市民の主体的な動きとの連携によりその相乗効果が発揮されるものではないでしょうか。
 そこで,今回京都市の新しい景観政策について学ぶとともに,現在京都市の都心部で主体的に景観・まちづくりに取り組まれている明倫学区の取組について紹介していただきます。

プログラム
1 京都市の新しい景観政策について 高谷基彦氏
   (京都市都市計画局都市景観部景観政策課長)
2 明倫学区の景観・まちづくりの取組について 河野泰氏
   (明倫まちづくり委員会 )

講演概要

京都市の新しい景観政策について
 京都市の景観の現状を、多数の写真を使って説明し、昭和5年の風致地区指定以来の京都の景観に関わる取組みの歴史を伺い、景観政策実施に至った理由を伺った。
 古い都という歴史・文化を持つ京都でも、ここ10数年の間に町家が減り、コインパークやマンションに建て替えられ、広告物が氾濫しているという現実があり、50年後、100年後の京都を考え、「歴史都市」として護るための施策が必要だという結論に至ったという。その大前提として「建築物は私有財産であっても、景観は公共のもの」ということを掲げての施策であるという。京都は「京都タワー」、「京都ホテル」、「京都駅ビル」など、高さについての議論と反対運動を過去に何度も経験している。しかし今回の施策は、高さのみにとどまらず、全市域を対象に、地域分けした建築物のデザイン基準を実施したことの意味が大きい。既存のマンションのうち不適格となるものは600程度と予測されており、長期にわたって住み続けられるようにするための支援体制等についても検討中ということだった。
 市としての負担も承知の上でこのような施策に踏み切った背景には、日本の人口減少の中で、多くの人から「住みたい」と思われるまちであり続けること、「訪れたい」と思われるまちであり続けることが必要という判断をしたということだった。

明倫学区の景観・まちづくりの取組について
 明倫学区は27の町内からなり、町内は、室町時代の終わりに時代が荒れるなか、自分たちを護る組織としてできた。明倫の名は現在、京都芸術センターとなっている明倫小学校、その前身である石田梅岩の弟子の私塾の明倫社からきている。学区はただの小学校の通学区ではなく、もめごとの調停、消防なども行い、負担金を集めて小学校をつくったという歴史がある。強固なコミュニティであったという。祇園祭りの山鉾も13基出している。もともとは職住共有の町家が並ぶ自営業者の町だったが、呉服関連業界の低迷を受け、自営業者が減り、町家も減り、そのあとにマンションが建つという状況が起きている。マンション建設の結果、人口は若い夫婦とその子どもを中心に増えている。しかし45m規模のマンション等が建つと、表の大通りだけでなく、町家の間の街路からの景観の連続性を壊すという問題が起きている。
 職住共有が難しい中で町家の店舗への転用も進んでおり、アパレル系のアンテナショップなども増えている。また、「くろちく」のような形での京町家も、選択肢のひとつではある。
 このような状況のなかで、2001年にまちづくり委員会が発足し、まちなかを歩く日、明倫夜話の座、鉾の道プロジェクトなどを行ってきた。明倫夜話の座は、マンション入居者を中心とする新しい住民に、明倫という地域のことを知ってもらう場として年に数回開催している。「鉾の道」プロジェクトは、新町どおりが山鋒巡業の帰りみちにあたることを利用したまちなみ整備のプロジェクトである。委員会には広報委員会を設け、「明倫ニュース」も発行している。2004年からは京都市と協働で地区計画づくりも行った。芸術センターで埃をかぶっていたピアノが「ペトロフ ピアノ」であることがわかってからは、200万円以上の費用がかかるというピアノ修復の資金をつくるため、チャリティ・コンサートを10回以上開催している。すでにかなりの資金がたまっており、ペトロフ ピアノを再び演奏できる日も近いと考えている。
 委員会の目標は「地域に愛着と誇り」を持ってもらうこと、「商いと住まいの共存」を維持・回復することのほか、高齢者の増加、マンション居住者の増加に伴う安全・安心のまちづくりが重要になっている。
 町家以外の歴史的・文化的建築物との調和をどうするか、地域と共生するマンションの実現、祭りのしつらえの調査、会所の改修など現在進めている活動やこれから進めたい活動はたくさんあり、メンバーの参画、専門家の協力などの重要性が高くなっている。資金の問題も大きい。

 お二人の講師の講演のあと、参加者との質疑・討論が続いたが、会場の都合もあり、研究会は終了とし、懇親会に場所を変えて、ひとしきり話が続いた。

 私は、昭和5年頃、東京はまだ関東大震災の焼け野原からの復興の途上、そして、第二次世界大戦開戦、東京は何度もの空襲をうけ、最後は昭和20年の東京大空襲で焼け野原になったという歴史を祖父母のそして両親の体験として聞かされてそだちました。震災後、終戦後の復興都市計画が頓挫したことも日本の都市計画の歴史としてしっかり教育されてきました。
 室町時代からの町内が続き、昭和5年からの施策が現在に影響を与えている「京都」という都市の特殊さを、あらためて実感しました。

               (文責 事例研究会 委員 寿崎かすみ)






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